心葉 kokoloha

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2009年 02月 25日

自宅で生むということ

私はこの命がお腹に宿る前から、生むなら自宅がいいなと思っていた。
その考えを助長したのが、俊三のお母さんが薦めてくれた、
『分娩台よ、さようなら(著:大野明子)』という本だった。
信頼できる助産師さんの元、いつも過ごしている自宅で、いつも一緒にいる家族に囲まれての出産は、
とても自然でとても幸せそうだった。
陣痛が来たら急いで病院に行き、分娩台の上でほとんど面識もない人たちに囲まれて出産し、
生まれたらすぐに我が子と離されてしまう病院とは全く違う、とても自然な出産の姿だと思った。

本当は引っ越した屋久島の自宅で生みたかったが、
残念ながら屋久島には自宅出産を介助できる助産師さんがいなかった。
それでたまたま紹介してもらった助産師さんが福岡の方だったため、
俊三のおばあちゃんちなら自宅出産が出来るかもしれないと思った。
俊三のお母さんにも産前産後のお世話をしてもらえることになったため、
おばあちゃんちで生む方向に話は進んでいった。

しかし、自宅で生むということは私たちが考えているほど簡単なことではなかった。


私の母は、いつも突拍子もないことを言い出す私に驚き呆れながらも、
今までは反対せずに見守っていてくれた。
しかし、今回は別だった。

なぜ病院じゃだめなのか
何かあった時の覚悟はちゃんとできているのか
実家じゃなくて大丈夫なのか

自分も経験した身だからこそ分かる、お産の大変さ。
それ故に、誰よりも心配し、不安だったと思う。
今までは、反対されても自分の思うままに突き進んできた。
でも出産に関しては、やはり自分の母に一番に応援してほしかった。
どうしたら分かってもらえるのだろうか・・・
しばらくそればかり考えていた。
そんな時、俊三のお母さんから電話があり、
「そうしたい(自分の考えを分からせたい)、じゃなくて、
そうなったら(分かってもらえたら)嬉しいなぁ、って思うようにしたら楽になるよ」
と言われ、はっとした。
絶対に自分の考えを分かってもらいたい!と強く思うあまり、
母の考えが受け入れられなくなり、意見の違いにとても悲観的になっていた。
まずは、母に自宅出産のことを知ってもらおうと思った。
それで理解してもらえたら嬉しいし、もしダメなら病院で産むことも考えよう、と。
そして、母の枕元にあの本をこそっと置き、しばらくその話はしないことにした。

それから何日かして、
「あんたがそうしたいと思うならそうしんさい。
母さんの時代には自宅出産なんて考えなかったけん知らんかったけど、病院もいろいろあるんじゃね。
俊三さんのおばあちゃんご両親には母さんからもお願いしますって連絡しとくけん。」
と言ってくれた。
感謝と同時に、心配を堪えてそう言ってくれた母に申し訳なさも感じ、
絶対に無事に出産できるよう、しっかりと体の管理をしようと改めて心に誓った。


そうして妊娠7ヶ月で屋久島に移住し、2ヶ月を屋久島で過ごし、いよいよ臨月に入った。
あぁ、いよいよだぁ、ひ孫が生まれることをおばあちゃんも喜んでくれるだろうなぁ。
そんな思いで出産場所となる俊三のおばあちゃんちに移動した。
しかしそこでもすんなりとは行かなかった。
おばあちゃんは、自宅出産が当たり前だった時代に生き、そして自らも経験した身だからこそ、
私たちの考えの甘さに叱咤した。
それでも、無事の出産を願いに毎朝神社にお参りに行ったり、
私が冷えないように手編みのカーディガンをくださった。
一方俊三のお母さんも、私が自宅出産を選んだ理由をおばあちゃんに説明したり、
食事を用意してくださったりした。
俊三も、私が安心して出産に臨めるよう、おばあちゃんの不安を取り除く努力をしてくれた。

そして、出産を目前にして気が付いた。
自宅で生むということは並大抵のことではない。
家族の信頼と支えがなければ叶わない。
ひとつの命が誕生するということは、夫婦だけの問題ではなく、
これまで脈々と繋がってきた家族の支えがあってこそなんだと。

きっと病院で生むことを選んでいたら気付けなかったと思う。
自宅出産だったからこそ、今まで育ててくれた家族と向き合い、
そしてこれから自分たちが育てていく命に責任を持つ覚悟ができた。


昔は当たり前だった自宅でのお産。
それが時代と共に病院で医者の力を借りて生むことが普通になった現代、
きっとおばあちゃんの時代には助けられなかった命がたくさん助かってきたと思う。
しかしそれと共に、一部では“命を生み育てる”ということが簡単に考えられてしまっているように感じる。
病院なんだから無事に生めるのが当たり前、とばかりに、
生む本人、そしてその家族が持つべき責任を病院に丸投げしてしまっている気がする。
今問題になっている、病院のたらい回しや産婦人科の減少、幼児虐待などは、
もしかしたらそんなところからきているのではないだろうか。


・・・少し話はそれたが、今回、自分の出産を通して色々考えることができた。
自宅出産を選んで本当に良かったと思っている。
この時期に宿り生まれてきてくれた洸平に、
そしてこの出産を支えてくれた家族に心から感謝したい。
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出産後、おばあちゃん、お母さん、助産師さんに囲まれて

                                         阿弓より
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by wazofamily | 2009-02-25 21:10 | お産
2009年 02月 20日

次の廃材活用は・・・

学生時代の親友が遊びに来る
あれだけは直しときたいな

ギコギコ・・・
トントン・・・
カンカン・・
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さーてこれは何でしょう




さらに作業は続く

ギコギコ・・・ギコギコ・・・




f0258061_2174081.jpg

完成!

答えは、五右衛門風呂の下に敷く板でした
右のバラが以前使用していたもの
もう腐りかけていた
釘はまだまだ使えるので引っこ抜いて再利用した
板も去年頂いた廃材だ

これで 海友も旅の疲れを癒せるだろう

伊豆からはるばるやってきた海友は
気持ちよさそうに風呂からあがり
うまそうにビールを飲んでいる

そして 気分がよくなったのか
何やら動き出した



「そうか お礼に肩でももんでくれるのか?」
「なかなか優しいこともあるじゃないか」


すると 海友は庭から怪しげなものを持ってきた
そして 愛用のカメラを持ち出した


「こいつは何を持ってきたんだ???」

f0258061_219485.jpg

「ん~~いいですね~~」
「いいですね~非常に可愛いですね~~」

家に持ち込んだのはカエル!
カエルと話しながら海友は写真撮影を始め自分の世界にはいっていくのでした



家族一同 「・・・・・・・」

                                          俊蔵より
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by wazofamily | 2009-02-20 21:07 | ものづくり