心葉 kokoloha

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2009年 01月 30日

初旅

30日 屋久島に帰る

鹿児島発のカーフェリーが七時出航のため
夜中の2時に実家の福岡を車で出発予定

予定では阿弓と洸平は2月の中旬まで実家に残るはずだったが
急遽 3人いっしょに屋久島に帰ることになった

洸平は車で帰る予定じゃなかったので寝かせるカゴを持ってきていなかった
「ん~屋久島に帰ればテルちゃんからもらったイチロ籠があるしなあ」
「買うのはもったいない」
「どうしようか・・・」

悩める父 辺りを見渡し始めること5秒・・・

「このダンボールにしよう」

父から子への初めての贈り物は黄土色のダンボールベッド・・・
両親の服やタオルでベットメイキングされたベッドに収まった洸平が
何だか これから捨てられる子猫のように思えてきた・・・
「これは緊急処置だからな 帰ったらかわいいベッドがあるからな!」

しかし 親の常識から来る心配は無用だった 

ダンボールに寝かせてみると気持ち良さそうにすやすやと眠りだした
ダンボールは断熱効果に優れていてクッション性も備えている
ふむふむ 見た目より機能性を重視したのじゃな お主は!

この男 やるな!
物事の本質を見極める才が備わっておるわい


どうやら大人は心配することが大好きな生きもののようです


「しかし 生後2週間でしかも夜中の高速道路での移動は大丈夫だろうか」
再び 大人は心配ごとを必死に探し出す


しかし またまた大人の心配をよそに
洸平は爆睡状態を持続する

お腹の中にいるときに東京から屋久島までを旅しているからなのか
ガイヤシンホニーの曲をカーステレオから流すとスヤスヤと眠りだした
ぐずることなく 起きたのはおっぱいをやった一回だけだった

鹿児島港までの4時間 何も問題はなかった


そうはいっっても船ではそうはいくまい!
最後の移動 屋久島行きのフェリーに恐るおそる洸平を乗せる


大丈夫だろうか・・・




結果は・・・大丈夫!
終始寝入っていた

大人の心配をよそに 洸平はたくましく成長している
というか 生きるたくましさをしっかりと備えてこの世にやってきているんだと気づかされた


洸平の生きる力をなえさせるような 過保護なしつけだけはしないようにしよう
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by wazofamily | 2009-01-30 21:04 | 家族
2009年 01月 16日

出産の日

1月16日、午前2時 おしるしと共に陣痛が始まった。
この日までずっと、出産が始まる瞬間をいろいろと思い巡らせていた。
喜びに舞い上がるのか、不安にかられ戸惑うのか…
その瞬間自分はどういう心境になるだろう、と。

遂にその瞬間が来た時、
「あ~やっとだぁ。」
とほっとしていた。

この日まで、自宅出産をめぐって様々なことがあったため、
「早く生まれてきてほしい」
と、正直少し焦っていた。
その気持ちがお腹の子に伝わったのか、その後、ゆっくり進行するだろうと思っていた陣痛はどんどん強くなり、1時間後には5分おきにその波は襲ってきていた。
とにかくお風呂に入って温まりたかった。
当初から水中出産を考えていたため、温まっている間に生まれればいいなぁ、と思った。
しかし、おばあちゃんのこともあったので、俊三にお風呂を沸かしてもらっている間に、布団で生む準備も整えた。
できれば、おばあちゃんが寝ている間に生まれて欲しい…。いや、流れに身をまかせよう。
なんて考えながら。

お風呂に入ると幾分痛みが和らいだ気がしたが、
陣痛の間隔は益々短くなり、俊三と会話するのもやっと。
とてもお風呂から上がれそうになかった。
しかし、念願だった自宅出産、水中出産ができることに内心わくわくしていた。

助産師さんが到着すると一気に陣痛が加速した。
陣痛の波に合わせていきむ度、とにかく痛かった。
“水中出産が痛くないなんてウソだ~!”
と叫びたい気分だった。


そんな中、起きてきたおばあちゃんがお風呂の扉から
「がんばらんよ!(がんばりなさいよ)」と声をかけてくれた。
それが本当に嬉しく、とても力になった。
助産師さんは会陰や肛門をマッサージしながら、いつもと変わらぬ優しい声で
「大丈夫よ~。そうそう、上手上手。」
と励ましてくれた。
私は痛さのあまり、一緒にお風呂に入ってくれていた俊三の足に思いっきりしがみ付いていた。
もしかしたら俊三の方が痛かったかもしれない。


何度、陣痛の波を乗り越えただろう。
「自分で触れる?頭が降りてきたよ~。もう少しよ!」
と助産師さんに言われ、子宮口に手を伸ばすと、髪の毛らしき物が!
そして、更なる陣痛に合わせて、思いっきり長~くいきんだ瞬間・・・

頭と同時に、体までスル~っと!

助産師さんに受け止められた赤ちゃんは、すぐに私の腕の中へ

「ほんぎゃ~ほんぎゃ~」

小さな声で泣く我が子をこの手で抱きしめた瞬間、
言葉にも涙にもならない、味わったことのない感動が込み上げてきた。
そして子宮口に手を伸ばし、臍の緒が繋がっていることを確認し、更に感動した。

私がしばらくその感動に浸っている間に、助産師さんが臍の緒の脈を確認し、切る準備を始めた。
そして、待ちに待った父ちゃんの初仕事!
ハサミを渡された俊三は、少し戸惑いながらも、ジョキジョキっと力強くその繋がりを絶った。
その瞬間、私の体と切り離されたことに少しだけ寂しさを感じた。
しかし、お風呂から上げられ、おばあちゃんとお母さんに囲まれている洸平を見て、

“あぁ~自分のものじゃない。みんなの家族が誕生したんだ”
と感じた。


そして、初めての母乳。
助産師さんに手伝ってもらいながら洸平の口に乳首をくわえさせる。

くちゅくちゅくちゅくちゅ

とても幸せな瞬間だった。
そのまま、洸平と二人っきりでお昼までぐっすりと休んだ。
これから始まる、寝不足生活に備えて・・・
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by wazofamily | 2009-01-16 21:03 | お産
2009年 01月 16日

おはよ 洸平

16日に日付が変わったばかりの午前2時すぎ

阿弓 「いたたた・・・ 今日産まれるかも・・・」

ここ最近 夜中に腹の痛みで起きることが多くなってきていたが
今回の痛みはいつもと違うらしい
声にいつもとは違う緊張感が混じっている


陣痛が来た!


助産師さんに電話をし 状況を説明したら 今すぐに来てくれることになった


ついにこの時が来たか!


サムライは武者震いと共に床から抜け出し
助太刀で参陣している母上を起こし 阿弓の加勢をお願いした後
ひとり戦場に向かうのでした

戦場を清めるためにタワシを片手に戦の準備をはじめる

そう 我らの初陣は風呂場なのです
母になろうとしている阿弓は産む場所を水の中に決めた

10ヶ月のあいだ羊水に抱かれて育った赤ん坊を
一度羊水と似た環境である水の世界に産み落とすことで
赤ん坊はストレスや衝撃をあまり受けずに この世に誕生することができる
また 妊婦は陣痛が和らぎ お産が楽になるといわれている


陣痛がきついらしく顔をゆがめる阿弓は
風呂が沸くなりすぐにぬるま湯で母体を包みはじめた

風呂に入ると陣痛はいくぶんおさまったらしく ほっと脱力している
そんな阿弓の表情は緊張と疲労がいりまじった野生の動物の表情をしていた
25年間で身についた理性がすべてどこかにいってしまったようだ
命を繋ぐという生きものの最大の使命に 今 阿弓は懸命に立ち向かっている


激しい陣痛が再びやって来る

大丈夫だろうか?
母体はお産に耐えられるだろうか?



陣痛は15分間隔・・・10分間隔・・・5分間間隔・・・と10時間ぐらいかけて
ゆっくりと周期を狭めながらやってくるそうだ


周期が長い間は 洗濯をしたり散歩をしたりする余裕があるらしいので
その間

阿弓の着替えと赤ん坊の着替えを用意しとこう
生まれるまでに赤ちゃんの寝る部屋を掃除しとこう
へその緒は・・・大丈夫 助産師さんがはさみをもってきてくれる
ヒゲをそろう・・・  などなど

はじめてのことで何をやったらいいかわからないけど
頭に思い浮かぶ準備だけはしておこうと思う
夫も父になるために自分の段取りを頭に思い浮かべ
しなければならない優先順位を阿弓の表情をうかがいながらゆっくりと決め始めた

これから生まれでる命に オスは何ができるのか・・・
オスには雄の役目があるはずだ!

俺は、まず何をやればいい 何をやるべきだ!?


そして オスの本能が下した最優先順位を獲得したものは!?




お腹すいたな・・・とりあえずゴマラーメンが食べたい・・・




かなしいかな・・・ 夫はこの期に及んで今だ父になれず・・・
そんな夫の心を読み取ったのか 陣痛の間隔が5分と急激に狭まってきた
まだ陣痛がきて1時間しかたっていないのに
陣痛は「母ちゃん もうそろそろ外に出たいよ~」という赤ちゃんのシグナルなのだ
我が子の場合 「ラーメンは我慢して母ちゃんのそばにいてあげて」という
シグナルも含まれていたような気がする・・・


ラーメンをあきらめた夫が足を風呂に入れ 妻の踏ん張り棒役に転じたころ
助産師さんが到着した

家に安心が広がる
やっぱり心のしれた助産師さんにお願いしてよかった
いつも「大丈夫 大丈夫!ポーンと生まれてくるよ」と僕らを安心させてくれていた
人への信頼感は人を楽観的にし挑戦する心を強くしてくれる

いやーこれでもう安心!
しばしの間 助産師さんにその場をお任せして
僕はゴマラーメンで腹ごしらえを・・・

夫 「もう 産まれますかねえ?」
助産師さん 「まだ もう少しかかると思うけど 阿弓さんのそばにいてはげましてあげて」
夫 「・・・・・はい・・・わかりました」

ゴマラーメンさようなら・・・



夜中の風呂場に悲鳴が鳴り響く
「いたーい!」
大人がこれほどまでに大声で痛みにもがき苦しむのを僕ははじめてみた
母が陣痛に苦しんでいる時 子もまた苦しんでいるそうだ
オスはやはり蚊帳の外で一人痛みを感じてあげることができない


けれど 陣痛の痛みがひどくなってきているのが
自分の足にしがみつく阿弓の力で伝わってくる
強く握り締めすぎて筋肉が疲労しだしたのか腕は小刻みに痙攣しだした
オスはただ震える腕を強く握り返し 痛む腰をさすることしかできなかった



陣痛が5分間隔になってからおよそ1時間半の間
静寂と叫びの連続がつづいた


それがいったい何回続いたのだろう


不思議なのだが
陣痛がはじまったころは無事に生まれるか不安でしょうがなかった心が
もう このころになると どこにもいなくなってしまった

「がんばれ!」
「もう少しだ!」
「がんばれ!」

きっとあの場に居合わせた祖母、母、助産師さんもそうだったように思う
不安なことを考えてる心の隙間がなかった
あるのは生まれ来る命に早く会いたい!という希望だけだった

「生まれろ!」
「頑張れ!」
「生まれろー!」


皆が生まれてくる赤ちゃんにエールをおくり続け 阿弓を励まし続けるなか・・・



5時30分 およそ3時間半の陣痛の末


希望と湯気で充満した風呂場で
朝日とともに一つの命が誕生した






助産師さん 「はい パパ生まれたよ 受け取って!」
風呂で漂う我が子を助産師さんが僕に渡そうとしてくれたとき!!!
すっと横から誰かの手がはいり込み 我が子を奪い去った

「はっ!?」
「誰だ!この感動の瞬間を邪魔するやつは!」
「どこから忍び込んできたケダモノ?!」


手のあとを追いかると
そう 手の主は母になった阿弓だった

その時のことをまったく阿弓は覚えてないらしいのだが・・・

母の本能は夫をも敵とみなし 我が子を魔の手から救い出そうとしたのか
すごいな母は!オスは最後までやはり蚊帳の外で傍観してるにすぎなかった・・・

水の中で生まれた我が子は母の腕に包まれながら
しきりに目をぱちぱちさせて辺りを見渡している
「ここはどこだ~」って不思議そうにまばたきしている顔が
皆の緊張の糸をぷつぷつと切ってくれた

ほっとした時間が流れたあと 
さあそろそろ風呂からでて布団にいきましょうと
風呂から我が子を出そうとした時

「うぎゃ~~~!!!」

そうだ まだ泣いてなかったんだ・・・
風呂がそうとう気持ちよかったのか はじめて触れる空気に驚いていた
そして母と子を結ぶへその緒を僕がきった

そのとき 子を育てる責任がじわ~と体中ににじんでいった


名は 洸平と命名

洸の意 「水が湧き出るさま」
平の意 「穏やかなこと」

これから成長していくなかで泉のように湧きでてくる夢や自分の思いを
どうか絶やさず持ちつづけて生きていってほしい
その泉はこれから岩にぶつかり滝壺に落ちながらも
多くの仲間と出会いながら ゆっくり川となって
やがては穏やかな海となって 平和な世をつくる男になってほしい
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by wazofamily | 2009-01-16 21:00 | お産
2009年 01月 03日

産後の準備

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出産予定日は1月21日。
まだ生まれるまで3週間あるが、しっかり下がったお腹の中では既に出産の準備が始まっている。
時々、股関節をぐぐっと押し広げられるような感覚に見舞われる。
初めての経験だけれど、なんとなく、あぁ~早く生まれてきそうだなぁ、と思う。
年が明け、ぴかぴかの晴天となった今日、手作りのまっさらな布オムツや肌着を洗濯した。
背中にぽかぽかの日差しを浴びながら、竹を組んだ竿いっぱいに1枚1枚干していく。
とってもとっても小さな肌着、夏に実家で縫った手ぬぐいのオムツ。
いよいよだ、と気が引き締まる。
とにかく、元気で生まれてきて欲しい。

                                             阿弓
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by wazofamily | 2009-01-03 20:54 | お産