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心葉 kokoloha

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カテゴリ:お産( 23 )


2013年 02月 11日

不安を乗り越えて

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「赤ちゃんは命をかけて全力で生まれてくる。だから親も全力で産みたい」そういって自宅で子を産むことを決めた。

去年の今頃の屋久島はキンメモドキという魚が心を激しく揺さぶった。何万、何十万という数の群れとなって海を劇的に変化させるものだから毎日のように通っていた。そして、今年の冬、僕の心を打つのは、この産卵前の生きもの。

「赤ちゃんはしっかり生きていける準備をして生まれてくる」

赤ちゃんに対して絶大的な信頼をおいている彼女は自分だけで子を産むと決めている。「え~。大丈夫?助産師さんは?病院は?もしものことがあったら?」たいていの人はそう言って僕らを心配しながら、僕らを不安にさせる。人以外の生きものを海でも山でもたくさん見てきた。人だけが異常に不安症だ。もしも、のことばかり考えている。

彼女はきっとその不安を受け入れていて、その不安とともに生きている。不安なことが起きないようにと、この半年以上を過ごしてきた。他人やお医者さん任せにできない、自分がしっかりしないと!という責任感で赤ちゃんを迎える準備をしてきた。

男が出産で関われることは、本当にほとんどなにもない。だからかな。彼女を見ていると自然の中で出会う野生動物のようにドキドキしてしまう。


不安を受け入れた彼女の表情は、臨月を迎えてお腹に痛みがではじめた今も、凪いだ海のように穏かだ。

今日もまだ生まれる気配なしです。

by wazofamily | 2013-02-11 08:34 | お産
2013年 02月 10日

久しぶりに夫婦で散歩

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第二子は自宅で産むと決めているので家を空けられない状態が続いてます。しかもこんなときに携帯電話が行方不明で、家から離れたアジト開拓もままらない感じで、毎日家族いっしょです。

今日はお腹のハリがさほどでもないようだったので、海岸を散歩してきました。海藻が生え始めて潮だまりをのぞくとギンポがピョコピョコ。庭ではスモモやアオモジの花が咲き始めていたりと、三寒四温で着々と春に向かっている屋久島です。
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by wazofamily | 2013-02-10 13:30 | お産
2013年 02月 08日

洸平の心は今・・・

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次女、次男として育った僕らには長男の気持ちはまったくわからない・・・

第二子の話題で盛り上がり始めると、機嫌が悪くなる洸平は今
どんな心の時間を過ごしているのかな

もうすぐ我が家で命のドラマはじまります

by wazofamily | 2013-02-08 16:19 | お産
2013年 01月 31日

野生の表情

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今日、鹿児島の病院に検診いったアユミにお医者さんが「もういつ生まれてもおかしくない」と言ったそうです。第二子誕生までまもなくです!

だんだん、野生の表情になってきたなあ。

by wazofamily | 2013-01-31 16:17 | お産
2013年 01月 22日

進化していく妻

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ニワトリにつつかれ瀕死のブロッコリーを救出するアフリカの女性・・・いやちがった。屋久島の女性です。笑 もう臨月に入っているのにたくましい人です。

大学で知り合ったときは、可愛さのあまり失神しそうだったのだけど、今はすっかり変わり果ててしまいました。

パン屋を切り盛りし、洸平を風呂で産み、ニワトリを蹴っ飛ばしているうちに、アユミくんは異次元の扉を叩き、予想外の進化をとげてます。

ついに、先日うちのオヤジがいらないと送ってきた紫のジャージを着こなすレベルにまで到達しちゃってます。

そんな彼女ですが、僕にとってはますます深まっていく最愛のパートナーです。

by wazofamily | 2013-01-22 16:09 | お産
2012年 12月 12日

妊婦友達

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今年屋久島は出産ラッシュだ!

自分が妊婦だからそう感じるだけだと思っていたけど、周りからもそう言われるから、きっと多いのだろう。

私と同じ2月出産予定の人が友達だけで3人もいる。

洸平がお腹にいた4年前は、移住してきてすぐだったから妊婦の友達なんていなかったし、他の妊婦さんに会う機会がなかったけど、2人目の今回は友達と「ど~お?順調~?」って話しながら妊婦生活を送れるから、また違った喜びがある。

その妊婦友達の一人まゆちゃんが、里帰り前に我が家に遊びに来てくれた。


それぞれの長男と一緒に。

産後の再会が楽しみだ。



お互い、素敵なお産になりますように。

by wazofamily | 2012-12-12 12:24 | お産
2010年 05月 19日

お産は最高の抱擁

先週末、愛知県で「自然なお産」を40年以上行っている吉村医院の吉村正先生による屋久島講演があった。吉村先生は、薪割りや畑仕事など昔の日本人が行っていた労働と昔ながらの日本の食事が健康的な心と体を育み、それが自然なお産と真の親子関係を築くと考え、医院の裏の古民家「お産の家」で自然なままのお産を行っている方。私が自宅出産をするきっかけとなった大野明子さんの本の中で吉村先生のことを知って以来、ずっと惹かれていた。今回、かごしまおんな塾の方々が吉村先生の講演会を企画してくだることになり、それを知った日からお会いできるのをずっと楽しみにしていた。

講演会では、先生のお話と共にお産直後のお母さんと赤ちゃんの表情を撮ったスライドが流された。どの写真もその場の幸せな雰囲気が伝わってくるほど素敵な表情のものばかりだった。

「自然なお産でなくては、下から産まなくては、本当の母親ではない!」と強くおっしゃる先生の発言からは、“いのちのために、いのちをかけよ”という強い思いが感じられ、共感できる部分が多々あった。けれど、自然に生めなくても子どもを愛して育てている友人たちのことを考えるととても苦しい気持ちが残った。

次の日、数年前まで屋久島で自然なお産を行っていた産婆さんの意思を継いでつくられた場所である、自然食の民宿『天然村』で座談会が行われた。座談会では、吉村医院で働かれている助産婦の方々からもお話を聞くことができた。そのお話の中で一番印象に残ったのが、

「赤ちゃんが産道を通ることは、お母さんから受ける最初で最後の最高の抱擁なのよ」

という言葉。「赤ちゃんが生まれてくる時、お母さんの産道はすごくすごく柔らかくて温かくなっていているの。その産道を通ることは、赤ちゃんがお母さんから受ける最初で最後の最高の抱擁なのよ。その抱擁がその後の子どもの安心感やお母さんの自信に繋がるの。だから帝王切開で生むと、母としての自覚がどこか曖昧だったり、子どもがいつも不安だったりする。でも、帝王切開だったとしても、お母さんはあなたを生む時、本当はこんなに抱きしめたかったのよ、って生まれた後でもたくさん抱きしめて愛してあげれば、その気持ちは必ず子どもに伝わるのよ」と。

その言葉を聞いた時、涙があふれ、講演会の時の苦しい気持ちが和らいだ気がした。


それでも、お産は子どもに愛を伝える最高の時間。自分の体と赤ちゃんの生命力を信じて自然に生むことができるなら、きっとその方が家族にとってより幸せなんだと思う。だからその時間を大切に、愛する人と一緒に過ごしたい。そのためには、昔の生活にシフトして自分の体を自然に近づける努力が必要なのだろう。


家に帰ってから、今まで以上に洸平をたくさん抱きしめた。卒乳して以来、食生活への意識が緩くなっていることを反省しつつ・・・
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講演会後、吉村医院とかごしまおんな塾の方々

by wazofamily | 2010-05-19 22:08 | お産
2009年 02月 25日

自宅で生むということ

私はこの命がお腹に宿る前から、生むなら自宅がいいなと思っていた。
その考えを助長したのが、俊三のお母さんが薦めてくれた、
『分娩台よ、さようなら(著:大野明子)』という本だった。
信頼できる助産師さんの元、いつも過ごしている自宅で、いつも一緒にいる家族に囲まれての出産は、
とても自然でとても幸せそうだった。
陣痛が来たら急いで病院に行き、分娩台の上でほとんど面識もない人たちに囲まれて出産し、
生まれたらすぐに我が子と離されてしまう病院とは全く違う、とても自然な出産の姿だと思った。

本当は引っ越した屋久島の自宅で生みたかったが、
残念ながら屋久島には自宅出産を介助できる助産師さんがいなかった。
それでたまたま紹介してもらった助産師さんが福岡の方だったため、
俊三のおばあちゃんちなら自宅出産が出来るかもしれないと思った。
俊三のお母さんにも産前産後のお世話をしてもらえることになったため、
おばあちゃんちで生む方向に話は進んでいった。

しかし、自宅で生むということは私たちが考えているほど簡単なことではなかった。


私の母は、いつも突拍子もないことを言い出す私に驚き呆れながらも、
今までは反対せずに見守っていてくれた。
しかし、今回は別だった。

なぜ病院じゃだめなのか
何かあった時の覚悟はちゃんとできているのか
実家じゃなくて大丈夫なのか

自分も経験した身だからこそ分かる、お産の大変さ。
それ故に、誰よりも心配し、不安だったと思う。
今までは、反対されても自分の思うままに突き進んできた。
でも出産に関しては、やはり自分の母に一番に応援してほしかった。
どうしたら分かってもらえるのだろうか・・・
しばらくそればかり考えていた。
そんな時、俊三のお母さんから電話があり、
「そうしたい(自分の考えを分からせたい)、じゃなくて、
そうなったら(分かってもらえたら)嬉しいなぁ、って思うようにしたら楽になるよ」
と言われ、はっとした。
絶対に自分の考えを分かってもらいたい!と強く思うあまり、
母の考えが受け入れられなくなり、意見の違いにとても悲観的になっていた。
まずは、母に自宅出産のことを知ってもらおうと思った。
それで理解してもらえたら嬉しいし、もしダメなら病院で産むことも考えよう、と。
そして、母の枕元にあの本をこそっと置き、しばらくその話はしないことにした。

それから何日かして、
「あんたがそうしたいと思うならそうしんさい。
母さんの時代には自宅出産なんて考えなかったけん知らんかったけど、病院もいろいろあるんじゃね。
俊三さんのおばあちゃんご両親には母さんからもお願いしますって連絡しとくけん。」
と言ってくれた。
感謝と同時に、心配を堪えてそう言ってくれた母に申し訳なさも感じ、
絶対に無事に出産できるよう、しっかりと体の管理をしようと改めて心に誓った。


そうして妊娠7ヶ月で屋久島に移住し、2ヶ月を屋久島で過ごし、いよいよ臨月に入った。
あぁ、いよいよだぁ、ひ孫が生まれることをおばあちゃんも喜んでくれるだろうなぁ。
そんな思いで出産場所となる俊三のおばあちゃんちに移動した。
しかしそこでもすんなりとは行かなかった。
おばあちゃんは、自宅出産が当たり前だった時代に生き、そして自らも経験した身だからこそ、
私たちの考えの甘さに叱咤した。
それでも、無事の出産を願いに毎朝神社にお参りに行ったり、
私が冷えないように手編みのカーディガンをくださった。
一方俊三のお母さんも、私が自宅出産を選んだ理由をおばあちゃんに説明したり、
食事を用意してくださったりした。
俊三も、私が安心して出産に臨めるよう、おばあちゃんの不安を取り除く努力をしてくれた。

そして、出産を目前にして気が付いた。
自宅で生むということは並大抵のことではない。
家族の信頼と支えがなければ叶わない。
ひとつの命が誕生するということは、夫婦だけの問題ではなく、
これまで脈々と繋がってきた家族の支えがあってこそなんだと。

きっと病院で生むことを選んでいたら気付けなかったと思う。
自宅出産だったからこそ、今まで育ててくれた家族と向き合い、
そしてこれから自分たちが育てていく命に責任を持つ覚悟ができた。


昔は当たり前だった自宅でのお産。
それが時代と共に病院で医者の力を借りて生むことが普通になった現代、
きっとおばあちゃんの時代には助けられなかった命がたくさん助かってきたと思う。
しかしそれと共に、一部では“命を生み育てる”ということが簡単に考えられてしまっているように感じる。
病院なんだから無事に生めるのが当たり前、とばかりに、
生む本人、そしてその家族が持つべき責任を病院に丸投げしてしまっている気がする。
今問題になっている、病院のたらい回しや産婦人科の減少、幼児虐待などは、
もしかしたらそんなところからきているのではないだろうか。


・・・少し話はそれたが、今回、自分の出産を通して色々考えることができた。
自宅出産を選んで本当に良かったと思っている。
この時期に宿り生まれてきてくれた洸平に、
そしてこの出産を支えてくれた家族に心から感謝したい。
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出産後、おばあちゃん、お母さん、助産師さんに囲まれて

                                         阿弓より

by wazofamily | 2009-02-25 21:10 | お産
2009年 01月 16日

出産の日

1月16日、午前2時 おしるしと共に陣痛が始まった。
この日までずっと、出産が始まる瞬間をいろいろと思い巡らせていた。
喜びに舞い上がるのか、不安にかられ戸惑うのか…
その瞬間自分はどういう心境になるだろう、と。

遂にその瞬間が来た時、
「あ~やっとだぁ。」
とほっとしていた。

この日まで、自宅出産をめぐって様々なことがあったため、
「早く生まれてきてほしい」
と、正直少し焦っていた。
その気持ちがお腹の子に伝わったのか、その後、ゆっくり進行するだろうと思っていた陣痛はどんどん強くなり、1時間後には5分おきにその波は襲ってきていた。
とにかくお風呂に入って温まりたかった。
当初から水中出産を考えていたため、温まっている間に生まれればいいなぁ、と思った。
しかし、おばあちゃんのこともあったので、俊三にお風呂を沸かしてもらっている間に、布団で生む準備も整えた。
できれば、おばあちゃんが寝ている間に生まれて欲しい…。いや、流れに身をまかせよう。
なんて考えながら。

お風呂に入ると幾分痛みが和らいだ気がしたが、
陣痛の間隔は益々短くなり、俊三と会話するのもやっと。
とてもお風呂から上がれそうになかった。
しかし、念願だった自宅出産、水中出産ができることに内心わくわくしていた。

助産師さんが到着すると一気に陣痛が加速した。
陣痛の波に合わせていきむ度、とにかく痛かった。
“水中出産が痛くないなんてウソだ~!”
と叫びたい気分だった。


そんな中、起きてきたおばあちゃんがお風呂の扉から
「がんばらんよ!(がんばりなさいよ)」と声をかけてくれた。
それが本当に嬉しく、とても力になった。
助産師さんは会陰や肛門をマッサージしながら、いつもと変わらぬ優しい声で
「大丈夫よ~。そうそう、上手上手。」
と励ましてくれた。
私は痛さのあまり、一緒にお風呂に入ってくれていた俊三の足に思いっきりしがみ付いていた。
もしかしたら俊三の方が痛かったかもしれない。


何度、陣痛の波を乗り越えただろう。
「自分で触れる?頭が降りてきたよ~。もう少しよ!」
と助産師さんに言われ、子宮口に手を伸ばすと、髪の毛らしき物が!
そして、更なる陣痛に合わせて、思いっきり長~くいきんだ瞬間・・・

頭と同時に、体までスル~っと!

助産師さんに受け止められた赤ちゃんは、すぐに私の腕の中へ

「ほんぎゃ~ほんぎゃ~」

小さな声で泣く我が子をこの手で抱きしめた瞬間、
言葉にも涙にもならない、味わったことのない感動が込み上げてきた。
そして子宮口に手を伸ばし、臍の緒が繋がっていることを確認し、更に感動した。

私がしばらくその感動に浸っている間に、助産師さんが臍の緒の脈を確認し、切る準備を始めた。
そして、待ちに待った父ちゃんの初仕事!
ハサミを渡された俊三は、少し戸惑いながらも、ジョキジョキっと力強くその繋がりを絶った。
その瞬間、私の体と切り離されたことに少しだけ寂しさを感じた。
しかし、お風呂から上げられ、おばあちゃんとお母さんに囲まれている洸平を見て、

“あぁ~自分のものじゃない。みんなの家族が誕生したんだ”
と感じた。


そして、初めての母乳。
助産師さんに手伝ってもらいながら洸平の口に乳首をくわえさせる。

くちゅくちゅくちゅくちゅ

とても幸せな瞬間だった。
そのまま、洸平と二人っきりでお昼までぐっすりと休んだ。
これから始まる、寝不足生活に備えて・・・
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by wazofamily | 2009-01-16 21:03 | お産
2009年 01月 16日

おはよ 洸平

16日に日付が変わったばかりの午前2時すぎ

阿弓 「いたたた・・・ 今日産まれるかも・・・」

ここ最近 夜中に腹の痛みで起きることが多くなってきていたが
今回の痛みはいつもと違うらしい
声にいつもとは違う緊張感が混じっている


陣痛が来た!


助産師さんに電話をし 状況を説明したら 今すぐに来てくれることになった


ついにこの時が来たか!


サムライは武者震いと共に床から抜け出し
助太刀で参陣している母上を起こし 阿弓の加勢をお願いした後
ひとり戦場に向かうのでした

戦場を清めるためにタワシを片手に戦の準備をはじめる

そう 我らの初陣は風呂場なのです
母になろうとしている阿弓は産む場所を水の中に決めた

10ヶ月のあいだ羊水に抱かれて育った赤ん坊を
一度羊水と似た環境である水の世界に産み落とすことで
赤ん坊はストレスや衝撃をあまり受けずに この世に誕生することができる
また 妊婦は陣痛が和らぎ お産が楽になるといわれている


陣痛がきついらしく顔をゆがめる阿弓は
風呂が沸くなりすぐにぬるま湯で母体を包みはじめた

風呂に入ると陣痛はいくぶんおさまったらしく ほっと脱力している
そんな阿弓の表情は緊張と疲労がいりまじった野生の動物の表情をしていた
25年間で身についた理性がすべてどこかにいってしまったようだ
命を繋ぐという生きものの最大の使命に 今 阿弓は懸命に立ち向かっている


激しい陣痛が再びやって来る

大丈夫だろうか?
母体はお産に耐えられるだろうか?



陣痛は15分間隔・・・10分間隔・・・5分間間隔・・・と10時間ぐらいかけて
ゆっくりと周期を狭めながらやってくるそうだ


周期が長い間は 洗濯をしたり散歩をしたりする余裕があるらしいので
その間

阿弓の着替えと赤ん坊の着替えを用意しとこう
生まれるまでに赤ちゃんの寝る部屋を掃除しとこう
へその緒は・・・大丈夫 助産師さんがはさみをもってきてくれる
ヒゲをそろう・・・  などなど

はじめてのことで何をやったらいいかわからないけど
頭に思い浮かぶ準備だけはしておこうと思う
夫も父になるために自分の段取りを頭に思い浮かべ
しなければならない優先順位を阿弓の表情をうかがいながらゆっくりと決め始めた

これから生まれでる命に オスは何ができるのか・・・
オスには雄の役目があるはずだ!

俺は、まず何をやればいい 何をやるべきだ!?


そして オスの本能が下した最優先順位を獲得したものは!?




お腹すいたな・・・とりあえずゴマラーメンが食べたい・・・




かなしいかな・・・ 夫はこの期に及んで今だ父になれず・・・
そんな夫の心を読み取ったのか 陣痛の間隔が5分と急激に狭まってきた
まだ陣痛がきて1時間しかたっていないのに
陣痛は「母ちゃん もうそろそろ外に出たいよ~」という赤ちゃんのシグナルなのだ
我が子の場合 「ラーメンは我慢して母ちゃんのそばにいてあげて」という
シグナルも含まれていたような気がする・・・


ラーメンをあきらめた夫が足を風呂に入れ 妻の踏ん張り棒役に転じたころ
助産師さんが到着した

家に安心が広がる
やっぱり心のしれた助産師さんにお願いしてよかった
いつも「大丈夫 大丈夫!ポーンと生まれてくるよ」と僕らを安心させてくれていた
人への信頼感は人を楽観的にし挑戦する心を強くしてくれる

いやーこれでもう安心!
しばしの間 助産師さんにその場をお任せして
僕はゴマラーメンで腹ごしらえを・・・

夫 「もう 産まれますかねえ?」
助産師さん 「まだ もう少しかかると思うけど 阿弓さんのそばにいてはげましてあげて」
夫 「・・・・・はい・・・わかりました」

ゴマラーメンさようなら・・・



夜中の風呂場に悲鳴が鳴り響く
「いたーい!」
大人がこれほどまでに大声で痛みにもがき苦しむのを僕ははじめてみた
母が陣痛に苦しんでいる時 子もまた苦しんでいるそうだ
オスはやはり蚊帳の外で一人痛みを感じてあげることができない


けれど 陣痛の痛みがひどくなってきているのが
自分の足にしがみつく阿弓の力で伝わってくる
強く握り締めすぎて筋肉が疲労しだしたのか腕は小刻みに痙攣しだした
オスはただ震える腕を強く握り返し 痛む腰をさすることしかできなかった



陣痛が5分間隔になってからおよそ1時間半の間
静寂と叫びの連続がつづいた


それがいったい何回続いたのだろう


不思議なのだが
陣痛がはじまったころは無事に生まれるか不安でしょうがなかった心が
もう このころになると どこにもいなくなってしまった

「がんばれ!」
「もう少しだ!」
「がんばれ!」

きっとあの場に居合わせた祖母、母、助産師さんもそうだったように思う
不安なことを考えてる心の隙間がなかった
あるのは生まれ来る命に早く会いたい!という希望だけだった

「生まれろ!」
「頑張れ!」
「生まれろー!」


皆が生まれてくる赤ちゃんにエールをおくり続け 阿弓を励まし続けるなか・・・



5時30分 およそ3時間半の陣痛の末


希望と湯気で充満した風呂場で
朝日とともに一つの命が誕生した






助産師さん 「はい パパ生まれたよ 受け取って!」
風呂で漂う我が子を助産師さんが僕に渡そうとしてくれたとき!!!
すっと横から誰かの手がはいり込み 我が子を奪い去った

「はっ!?」
「誰だ!この感動の瞬間を邪魔するやつは!」
「どこから忍び込んできたケダモノ?!」


手のあとを追いかると
そう 手の主は母になった阿弓だった

その時のことをまったく阿弓は覚えてないらしいのだが・・・

母の本能は夫をも敵とみなし 我が子を魔の手から救い出そうとしたのか
すごいな母は!オスは最後までやはり蚊帳の外で傍観してるにすぎなかった・・・

水の中で生まれた我が子は母の腕に包まれながら
しきりに目をぱちぱちさせて辺りを見渡している
「ここはどこだ~」って不思議そうにまばたきしている顔が
皆の緊張の糸をぷつぷつと切ってくれた

ほっとした時間が流れたあと 
さあそろそろ風呂からでて布団にいきましょうと
風呂から我が子を出そうとした時

「うぎゃ~~~!!!」

そうだ まだ泣いてなかったんだ・・・
風呂がそうとう気持ちよかったのか はじめて触れる空気に驚いていた
そして母と子を結ぶへその緒を僕がきった

そのとき 子を育てる責任がじわ~と体中ににじんでいった


名は 洸平と命名

洸の意 「水が湧き出るさま」
平の意 「穏やかなこと」

これから成長していくなかで泉のように湧きでてくる夢や自分の思いを
どうか絶やさず持ちつづけて生きていってほしい
その泉はこれから岩にぶつかり滝壺に落ちながらも
多くの仲間と出会いながら ゆっくり川となって
やがては穏やかな海となって 平和な世をつくる男になってほしい
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by wazofamily | 2009-01-16 21:00 | お産