心葉 kokoloha

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2008年 12月 26日

責任

今日 最後の阿弓の検診を受けに福岡県の病院に行ってきた

自然分娩をするうえで
もしものときのために病院で緊急の対応をとってくれるのか
現在 母子共に健康であるかの2点を確認をとるために

僕の実家で子どもを産む手伝いを福岡の助産師さんにお願いしていて
今日 久しぶりに病院で再会し 3人でお医者さんと面会してきた

4ヶ月ぶりにエコーでみる我が子はしきりに動いて落ち着きがない様子
母子共に健康で子は順調に育っているとのこと

そこで もしものとき病院に搬送したら
しっかりと対応してくれるのかとお医者さんに確認をとると

お医者さんは急に態度をかえた

「うちでは出産する妊婦のみを検診することになっている」
「検診を受けていない妊婦に何か起きても私たちは責任をもてない」
「万が一 母子に何かあった場合 搬送してきても医者がいなければ対応することが出来ない」
「そのとき母子に何かあった場合 責任の所在はどこにいくのか?」
「必ず責任をめぐって問題が起きる」
「そのとき 一番つらい思いをするのはこの人(阿弓)だ」
「緊急の対応を確実にしたいのなら病院の運営係りのものに問い合わせてくれ」
「私ではどうすることもできない」

母子の健康は確認とれたが もしものときの病院のバックアップは確実性のないまま病院をあとにした


自分たちで責任を背負って家で産むことをきめた僕らが もし子どもに何かあったときに
お医者さんのせいにするだろうか

病院ではなく自然に産もうと決断し責任を負った時点で
どんなことが起きても それは自分たちの責任だ
病院で産めばよかったと一生後悔するかもしれない
けど 子どもの安全を十分考えての決断だった
だから 何が起きてもお医者さんや助産師さんのせいにはしない

助産師さんを信じてるし
何かあって病院にかけこんだらお医者さんを信じる


人は皆 危険の中で生きている
生きていることが奇跡なことを忘れてる
生きていることが当たり前になってる

責任を背負わずに自分の不幸を他人のせいにする人がよほど多いのだろうか

子が阿弓のお腹の中に元気でいることが奇跡だ 有り難い
この10ヶ月 周りから反対されながらも阿弓は 舟を8回ものっている
屋久島にいってからは毎日パンを焼き 畑を耕し 病院から処方された薬も飲まず
毎日食事を節制して子を元気に育てた

自分の責任で子を産むと決めた覚悟と希望の心がお腹の子を育てた

今 凛と初産に備え準備をしている阿弓の姿を見ていると
すべての責任を背負ったあと自ら手に入れた安心感のようなものを感じる


ところが お医者さんにもしものことばかり注意され
阿弓の心はどんな風に変化してしまったのか・・・


お医者さんはとうとう一度も
「大丈夫!きっと元気な子が産まれるよ!」
と励ましてはくれなかった


その言葉だけで どれほどの安心と勇気が阿弓の心のなかに溢れたことか
万が一の責任の所在(マイナス要因)で本来の医者の使命(希望)を忘れている気がしてならない


人は肉体で生きてない
心で生きてる



不安をあおる事件で溢れかえる時代の中で
希望をもって歩いていくのに大事なことは自分に責任をもつことだと思う

責任を背負うことは重苦しいことではない
強く生きる源なんだ
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冬の厳しい空を舞うサギ
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by wazofamily | 2008-12-26 09:36 | お産


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